東方学院設立の経緯と意義

 東方学院は、創立者中村元の東京大学退官とともに、昭和45年11月に文部省より財団設立の認可を受けた財団法人東方研究会(現、公益財団法人中村元東方研究所)を母胎として、昭和48年に設立されました。

 その大きな動機は、当時、大学に吹き荒れた学園紛争にともない、学術的には減退傾向にあり、また精神的な砂漠化のさなかにあって、学術的精神的な拠点となりうる、小さくともしっかりした学院をつくることにありました。そして学問の自由を制約することになる縄張り意識の強いセクショナリズムを廃して、真理探究を目的とする学問本来の姿を回復するためでありました。

大学の外につくることでセクショナリズムを脱し、またカルチャー・センターとも異なる一種の私塾、つまり現代の「寺子屋」として出発しました。真に教えたい一人と真に学びたい一人が集まれば学院は成り立つ―これが創立者・中村元の信念であり、まさに東方学院の原点といえます。
 幸いにも、このような考えに同調し、協力を申し出る人々が集まり、学院は開講されました。狭いビルの一角を間借りし手弁当を持ち寄って、文字どおりの「寺子屋」が始まったのです。

 しかし、財団の基盤を強固にし、学院を発展させていくためには、しっかりとした学問研究の場所を確保する必要がありました。そこで、創立者の私財をもとに、財団設立に協力して下さった篤志家の方々が、昭和57年「財団法人東方研究会強化募金運動」を開始されました。一高時代の同窓生(「昭8文乙クラス会」のメンバー)である中村敏夫弁護士をはじめとして、同じく星埜保雄、宇佐見鉄雄、倉知善一、新井正明氏らが発起人となり、その資金集めから場所の確保にいたるまで実に並々ならぬご尽力を下さいました。そのおかげで、諸方面から多数の賛同者・協力者を得ることができ、現在のこの場所を入手するにいたりました。東方学院は、これらの人々によって築かれた土台の上に、今日成り立っております。

 以来、当学院は、優れた数多くの講師を迎え、多くの方々の善意と学問への熱意によって支えられ発展して参りました。

 今後も創立者の遺志を継承し、初心を忘れることなく、ますます発展していきますことを心より念願しております。

 

公益財団法人中村元東方研究所
初代名誉理事長 中村洛子
(1919 ~ 2010)